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:::恩師からのメッセージ |
JISDの宝
「JISDの宝」について デュッセルドルフ日本人学校(JISD)は1971年4月21日、小5〜中3の43名で教会付属建物の仮校舎で開校。西欧・北米の先進国には全日制日本人学校は不要、現地校に行くべしという政府の方針を覆しての第一号であった。(当時モスクワに日本大使館の部屋を借りたモスクワ日本人学校があったが上記カテゴリーには入らない。豪州のシドニー校も。) 「JISDの宝」のきっかけは、2001年の創立30周年を記念して2004年に全教職員にノートPCが提供されたこと、その前年に派遣教員の小谷将紀先生がホームページ担当になり、事務長室に見えて「本校の宝は子供たちですが、その他に本校には貴重な宝物が沢山あります。岡田先生は開校以来長年勤めてこられ、それらの「物」を御存知なので、取り上げて下されば学校のHPの「本校について」の中の「JISDの宝」で紹介したく思います」という嬉しい提案であった。 そこで現在地の校舎(今は旧校舎と呼ぶ)が完成され落成式の行われた1973年3月頃から2005年頃までの、永く残しておくべき「物」の記録を36年間勤務した私が執筆し、2004〜2005年の間に27項目を取りあげて執筆した。他にもJISDの宝はあったが2007年1月末の定年退職を前にして時間不足であった。 運動会や学校祭/学習発表会のような、毎年の学校行事で示される素晴らしい成果はその時々の貴重な記録として教務部に残されているので、ここでは「小」はチェツィーリエン・ギムナージウムから贈られたアルザス地方の花瓶から、「大」は第3回増築校舎(ほぼ新築)という「物」を主体にして本校の歴史を語る、(その中には同窓会から寄贈されたテント、ドラムセット、屋外時計も含んだ)貴重な資料を紹介した。尚Ceciのカタカナ表記はチェツィもツェツィも両方可とする。 紹介の対象は、JISDと補習校に通う小中学生、両校の同窓生、教職員、保護者、運営者、市内や周辺、更にはドイツや日本の在住者や、教育機関、財団で、JISDに関心を持つ人たち。補習校を含めているのは開校の頃、私は日本クラブ主催の補習校の高校生に国語を教えていたことや、事務をしながら全日制の中学生に世界史や社会を教えていたという個人的なこと、また後年、運動会や学校祭では両校合同で実施し、更には2007年度から補習校は小1から中3まで同じ屋根の下で学ぶようになり、同じ校舎を使う児童・生徒たち或いは高校生たちに等しく伝えたかったからである。 尚この「宝」は現在著作権や肖像権のためにドイツ国内では公表出来ない由(どの箇所が抵触するのか具体的に知らされていない)で、寺村雅子校長と2023年の同窓会多田健志会長との交渉で、日本サイドで掲載出来ることになったのは寔(まこと)に有難く、執筆者としてはせめてもの救いである。この2023年11月、「第9回JISD同窓会総会」が早稲田大学の学生大食堂で開かれ、それまでの会長や副会長の役職等はなくなり、事務局長を中心にした新しい運営メンバーが決められた。(現在、事務局長と事務局スタッフ、アドバイザー、監査役の9名)。 この度の「JISDの宝」の同窓会での掲載に当っては2〜3の表記訂正(「事」を「こと」や、基本的には「である調」に)の示唆を受けた以外、全て私の好きなように書いて下さって結構ですという渡邊
究事務局長の首尾一貫した寛大な態度に大変感謝している。またパソコン操作に疎い私を助けて下さったスタッフの方にもお礼申し上げる。 またかつてJISDで学んだり勤めたりした同窓生や卒業生やもと派遣教員たちが、母校への照会や訪問をする際は気持ち良く受けてくれるであろう。「情報保護」や「安全管理」といってもさまざまな行事の時には内外の人が入るので万全を期すのは仲々難しいと思われる。そういう状況下、最近のJISDの(秘密ではない)情報を提供して下さった内外の方々には心から御礼申し上げる。そしていつかJISDの本校でもこの「JISDの宝」が自由に見られるようになって欲しいと願っている。 (2025/4月記、83J.a.) 初代事務(局)長 岡田 裕(1971/1〜2007/1) (事務局長は理事会所属) JISDの宝
本校の一番の宝物はもちろん子どもたちです。加えて本校には子どもたち以外の宝物もたくさんあります。ここでは,そんな本校の宝物にスポットを当てて紹介します。(2025/4修正)
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