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デュッセルドルフ日本人学校同窓会オフィシャルウェブサイト

 

 

:::同窓会概要
同窓会に関する基本的な情報

同窓会役員の紹介

 

かっこ[ * ]内は卒業期。

会長

多田 健志 [8]

副会長

渡辺 究 [14]
長久保 英 [18]

常任幹事

会計

伴 典子 [14]

望月 奈美 [18]

書記

雨宮 聡子 [21]

会計監事

片山 真紀 [16]

駒 研吾 [18]

顧問

吉村 実 先生

鈴木 啓一 先生

名誉顧問

伊藤 勉 先生

現地顧問

中嶋 総雄 先生

事務局

平山 順造 先生

 

会長 : 多田 健志 ( 8期 )

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 思い出と言われれば、走馬灯のように、たくさんの光景が蘇ってきます。転校して来た日からデュッセルの空港を旅立つ日まで、クラスメートとの学校生活、貴重なヨーロッパ旅行の数々、夢中で応援したドイツ代表、ブンデスリーガなど、甲乙つけられません。4年半の間、家族と元気に過ごせたことが一番の思い出でしょうか。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 残念ながら、帰国してからデュッセルドルフに足を運んだことはありません。学生時代から、もう会うことはないだろうと思っていた同窓生との出会いを、機会あるごとに作り続けてきたことが、私としてのデュッセルドルフとのつながりです。

 

副会長 : 渡辺 究 ( 14期 )

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 日本人学校の先生や仲間はもちろんなのですが、地元のサッカーチームSC Westもいい思い出です。先日実家でリーグ戦の賞状を見つけました。18135分と無敗で優勝していました。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 何度かデュッセルも訪れましたがもう20年近く前のことです。14期は連絡をよく取り合っています。年に多いときは数回集まっています。先日の懇親会にも約40人が集まりました。

 

副会長 : 長久保 英 ( 18期 )

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 サッカーが大好きでしたので、ほぼ毎日のようにサッカーボールを蹴っていました。(勉強はそっちのけで・・・(笑)。)夏は日が長いのを有効利用し、近所の同級生と一緒に夜9:00くらいまでサッカーボールを追いかけるまでに。今でもワールドカップでドイツ代表が試合をするときは、その同級生とドイツレストランに集まって応援しています。中毒ですよね、ここまできますと・・・。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 実家がBüderlichにありますので、卒業後も本校の学校祭や夏のキルメスに足を運んでいます。日本では同窓会に深く携わっており、過去に書記を1度と副会長を2度務めさせていただきました。私の学年にあたります18期はフットサルチームを結成しており、12月に1度の割合でフットサルをしていますので、フットサルを一緒にしたい方がいらっしゃいましたらぜひご連絡を!

 

 デュッセルドルフという他に類のない素晴らしい繋がりをこれからも維持していくべく尽力いたしますので、これからもご支援賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 

会計 : 伴 典子 ( 14期 )

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 デュッセルドルフとは直接関係ありませんが、家族5人で行ったヨーロッパ旅行の数々です。5年間バカンスの度に旅行好きの父が欧州様々な国に連れて行ってくれました。遺跡、古城、美術館巡り等その後の趣味に大きな影響を受けました。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 残念ながら帰国後は、デュッセルドルフを訪問するチャンスはありませんでしたが、デュッセルドルフに遊びや出張に行ったりしている同期の話や写真で懐かしんでいます。

 

会計 : 望月 奈美 ( 18期 )

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 小学校3年から4年間デュッセルにはいました。周辺の国々に行けたことはもちろん素敵な思い出で、今でも旅番組を見ては懐かしんでいます。駐在中は、よく週末になるとお弁当をもってライン川沿いをローラースケートで走っていたのを思い出します。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 デュッセルドルフ帰国後、社会人になってから何回か訪れました。変わってしまったところもありましたが、基本的には変わっていないのかなぁ〜と感じ懐かしかったです。私たち18期は比較的仲が良く、まだ友達も住んでいます。また、アルトビール飲みに行きたいです!!

 

書記 : 雨宮 聡子 ( 21期 )

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 各地に合唱しに行ったことが印象深いです。あの時期が一番歌うことに夢中だったのではないかと思います。学校の授業でドイツ語の歌が練習できるなんて、今思うと贅沢な時間でした。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 同窓会創設時から21期生の年度幹事を務めています。もう20年ですか…考え深いものがあります。いつか我が子を連れてデュッセルドルフに行ける日を夢見ています。

 

会計監事 : 片山 真紀 ( 16期 )

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 夏はキルメス、冬はアイススケート、そして週末ごとにライン湖畔や森・公園など色々な場所に出かけ、楽しんでいました。また、クラシックコンサートやバレエ鑑賞など質の高い芸術に触れる機会も数多くあり、今思えば大変貴重な経験をしました。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 帰国後は残念なことにデュッセルドルフを再訪できていません。SNSや同窓会を通じ、昔のJISD仲間から現在のデュッセルドルフの様子を聞いては懐かしんでいます。同級生とはいつか向こうで同窓会をやりたいねと話しています。

 

会計監事 : 駒 研吾 ( 18期 )

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 学園祭でバンドを組んでベースを弾いた事が一番の思い出です。

 当時はバンドブームだったのか同級生だけで3バンドが演奏したと記憶しています。

演奏曲は洋楽が半分を占めており、後から年齢の割に早くから海外の音楽に影響を受けていたのだなと気付きました。先生方も準備などで多大な協力して頂いたと思います。お陰様で一生の思い出になるとともに一生の趣味を得ることが出来ました。この場をお借りして御礼申し上げます。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 大学卒業前に一度デュッセルドルフから入りヨーロッパを3週間一人旅をしました。

 その後、海外勤務を希望して今の会社に入社したものの、10年以上国内勤務しか縁がありませんでしたが、突然海外勤務の辞令がおり2010年から3年間、駐在員としてデュッセルドルフに赴任する事となりました。

 大人になってデュッセルドルフに行くと、ゆったりした時間の流れや緑の多さ、日の長い時期に飲むアルトビールは格別でした。また程よい規模の日本人コミュニティも心地よく、テニスを中心に充実した駐在生活を送ることが出来ました。何回でも駐在したいですね。

 

顧問 : 吉村 実 先生

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 1993年から3年間勤務し,3年目が創立25周年、とても力を入ったことを思い出します。家族4人で渡独し、家族にとっても、その後の人生に大きな影響を与え、家族の絆も深まりました。今でも、家族全員、ドイツが大好きです。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 1996年3月に帰国後、同窓会顧問として、第2回同窓会開催から、関わってきました。帰国して21年経ちますが、ドイツへは、サッカーの東京都U-12代表チームを引率して、ベルリンには行きましたが、デュッセルドルフには、行けませんでした。

 

顧問 : 鈴木 啓一 先生

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 第17回(昭和62年4月から平成元年3月)小学校籍として派遣されました。日本は、昭和天皇の崩御。ドイツは東西統合と転換期でした。歴史が変わることが実感できたことが一番の思い出です。学校関係では、シュベルテでの3人制バレーボール大会にバレーボール部の子供たちを連れて参加したことです。3日間子供たちは現地にホームステイしました。現地の人たちとの触れ合いが心に残っています。個人的には、中学校の社会科の授業や次女の誕生が私自身にとっても転換点でした。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 帰国後、同窓会の「デュッセルドルフ日本人学校25周年」のお祝いに参加しました。当時の教え子たちと楽しい時間を過ごせました。在職中は、帰国した派遣教師の「都海研」に参加し、日本人学校を目指す後輩に助言をするなどの活動に取り組み、会長として2年間会のために活動しました。退職後、2017年の第8回同窓会で平山事務局長から顧問への就任を依頼され、お世話になったデュッセルドルフ日本人学校のために頑張ろうと思いました。

 

名誉顧問 : 伊藤 勉 先生

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 思い出といえば、すべての事が鮮明に脳裏に浮かんできます。1971年4月21日カニジウスハウスでの開校式から、2年後の3月9日新校舎落成式。その間に小学4年生以下は現地小学校ドン・ボスコ・シューレを午後借りて授業開始。いずれも嬉しさ一杯で溌溂とした皆さんの笑顔は今も忘れることができません。

 その最初の派遣教師5名のうち生き残っているのは、なんと最年長の私1人となってしまいました。私の人生でJISDの創立と発展に全てをかけてこられたことは最高の幸せと感謝しています。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 1995年10月JISD本校創立25周年記念祭を祝して、同年8月19日に同窓会を発足、当日はホテルに800人弱が参集して盛大に創立を祝福しました。初めのころは同窓会総会のたびに本校に寄贈品を送りました。(参照・本校HPの「JISDの宝」「16回同窓会からの寄贈品」を見て下さい。)

 私は今年のJISD同窓会20周年記念祭まで同窓会事務局の手伝いをしてきましたが、もう老齢(87歳)のため引退しました。本校の方には3回訪問していますが益々立派になっているのがとても楽しみです。50周年祭にはぜひ参加したく頑張っています。みんなで祝福に行きましょう!!

 

現地顧問 :中嶋 総雄 先生

 同窓会発足前夜のこと。1993年の頃のことです。

 大木先生と会の設立を目指して熱い会話を日独間で、メールのない時代に手紙の交換をしながらしたものです。資金がないことを想定して各地の区民ホールを回って調べた思い出があります。

 

事務局 :平山 順造 先生

デュッセルドルフ時代の一番の思い出

 1996(平成8年4)から1999年(平成113月)までの3年間、文部科学省から在外教育施設の派遣教員として勤務しました。在職中に小学部6年、5年、3年を担任することが出来ました。アイゼナッハへの23日の修学旅行、バイエルン製薬工場、チョコレート博物館の見学、ドンボスコ・シューレの子どもたちと一緒に踊ったフォークダンス等年間20回以上の現地との国際交流・親善活動に積極的に参加できたことが忘れられない思い出です。中でも一番の思い出は、学校祭で子どもたちと一緒に演じたミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」です。今でもフィナーレの感動が心に深く残っています。

 

卒業後のデュッセルドルフとのつながり

 帰国後、デュッセルドルフ日本人同窓会の総会及び懇親会に参加する中で顧問として関わり、今年(2017年)1月のデュッセルドルフ日本人学校同窓会20周年記念会の総会で初代校長の伊藤勉先生から事務局を引き継ぐことになりました。3年後、デュッセルドルフ日本人学校は創立50周年を迎えようとしています。同窓会でも、本校の50周年をお祝いするとともに、第9回デュッセルドルフ日本人学校同窓会を開催するために計画を進めています。同窓生の皆様との心の絆がさらに強くなり、デュッセルドルフ日本人学校の更なる発展のために全力を尽くしたいと思っています。